欺きの芸術〜佐村河内守「HIROSHIMA」

ただ風貌を真似るだけなら、どうすればいいかは、簡単明瞭です。まず最初に、なりたい人物を決めて下さい。ヴィジュアル優位の時代は、イメージで全てが決まってしまうのです。それならば、ベートーヴェンに老いたロックスターを合わせたようなカツラをかぶり、黒いサングラスをかけ、杖をつきましょうか。そうすれば、誰もがあなたが実際に耳の聞こえない人だと分かることでしょう。今やあなたは、苦悩に満ちていて、脆弱で、謎に包まれた天才的音楽家の風貌を完璧に表現しています。
次に、自分自身が、誰も質問できないような国家的悲劇の犠牲者なのだと人々に説明するのです。広島原爆だと言えば、世界中の誰もが、怒りと共に同情心を抱くのに完璧ですね。



もしあなたが音楽について無知なのだけれど、誰かが魅惑的で優れた音楽、でも誰も本当には理解することのできないような音楽をあなたのために作曲してくれるとして、例えば、音楽の学者先生のような人がその音楽をマーラーとブラームスを合わせてカクテルにしたようだと批評したとして、誰がそんなこと気にするでしょうか? それであなたは、有能で優れているけれど臆病で気の弱そうな誰も知らない作曲家、という妥当な候補者を探すことでしょう。もちろん、こういったいかさま行為を誰かと企てることにはいつだって危険を伴います。いつかその共謀者はあなたを欺くかもしれませんから。だけど誰もそんなことお構いなしです。それでもいつか詐欺師と暴かれる時までに、あなたはたくさん稼いで、人々から特別扱いされ、賞賛され、十二分に楽しむのでしょう。

佐村河内守(1963年9月21日広島市生まれ)と新垣隆(1970年9月1日出生地不明(東京))が共謀した信じ難い詐欺的行為について、知らない人はいないでしょう。音楽史上、最大の詐欺行為なのではないでしょうか。この先何年にも渡り、この詐欺的行為が続いたかもしれないことを考えたら、それはまた興味深いことです。人々に信じ込ませるのは比較的容易なことで、というのは、人々は、謎めいた天才でカリスマ性のある人物のこういった物語が大好きだからです。
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佐村河内守
1963年9月21日
広島市生まれ


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新垣隆
1970年9月1日
出生地不明(東京)


佐村河内氏と新垣氏の動機は、心理学的視点からも、占星術的視点からも、基本的にはとても明白です。二人とも権力に対するどん欲さがあり、愛されたい、賞賛されたい、という欲求がものすごく強いのです。乙女座の太陽と水星が重なっていて、双子座の金星が近くにあるという配置は、佐村河内氏を外交的性格にしています。彼が築き上げた音楽家としての対社会のペルソナ(仮面)が社交的な性格というのは、興味深いことです。人の心理はこのように機能し、代償の法則という土星的な機能はこのようにして果たされます。彼の月と火星は蠍座にあって、この月火星の組み合わせとしては最も危険な配置にあります。これは誰か別の人物の感情を操作し、利用する可能性を示します。

新垣氏に関しては、乙女座での太陽と月の合が、神経質でためらいがちな繊細な性格にしています。牡牛座の土星が獅子座の火星とスクエアになっていることからもその内向性が強調されています。抑圧がパターン化され、怒りを増幅させてゆくこととなったのでしょう。

さて、二人の共通項はなんでしょう? まずは、二人とも乙女座です。彼らは注意深い計画に基づいて技術と智恵を合わせていったことでしょう。年齢は7つ離れていますが、二人は双子のように作用し合っています。乙女座の持つ性質のうち、ひとりは外交的性質を見せ、もう片方は内向的性質を見せています。二人はまるでサドマゾ的な友好関係にあったと言えましょう。二人のチャートの土星の位置はあまりにも興味深いです。佐村河内氏の土星は水瓶座、新垣氏は牡牛座にあって、十字をなしています。これは権力的な争いを意味します。見逃せないのは、二人とも土星が海王星と強力なアスペクトを結んでいるという点です。さらにこの二人の海王星は火星とも強いアスペクトがあります。海王星と火星の要素はマゾ的な傾向を引き出すことがあります。

海王星は、音楽、イメージ、踊りなどと関係する天体です。と同時に妄想や欺瞞とも関係があり、集合無意識と関連しています。さて、佐村河内氏と新垣氏、そしてオーディエンスである我々が形成するトライアングル的関係性についてみていきましょう。それぞれが海王星的なエネルギーの流れを通じて、佐村河内氏の妄想を表現するのに一翼を担っています。 インターネットやSNSなどはこのための完璧な媒体となりました。佐村河内氏は壮大な彼の妄想の世界の中で広島原爆の被爆者のための英雄を演じようとしたのです。

新垣氏はこの一連の出来事の中で創造的な力そのものでした。彼がいたからこそこの幻想は長く続いたというわけです。そして、この出来事を暴露するにあたって、新垣氏は海王星的な表現者でありフィギュアスケート選手、純粋で罪のない魚座の高橋大輔氏を守りたいという理由を切り口にしました。観衆である私たちは、広島の痛みを癒すための音楽として、この世界観を共有したのです。メディアが取り上げたこの暴露話は、後から出されたデザート的なものでした。

さて、私は世論や一般な人々の考えには共感できないので、それはお詫びしておきたいと思います。私は、誰もが、社会にはびこるペテンや不正や詐欺的行為のカモになり得るのだということに、気がつきました。私たちは精妙な現実を受け容れ  てゆくこともできるし、もっと批判的になることだってできるのです。  人は自らが信じたいものを信じるのです。    佐村河内氏と新垣氏は痛みの伴わない感傷的な旅への切符を売ったまでのことだと私は思います。

本物の芸術というものは厳しい現実を扱うものです。痛みや死、変容などです。例えば、ピカソのゲルニカですが、私自身、MoMA(ニューヨーク近代美術館)やプラド美術館、ソフィア王妃芸術センターなどのあちこちの美術館で時間をかけてじっくり鑑賞したことがありますが、素晴しい芸術だと思います。この作品は反戦を描いた大作で、爆撃されて死んでゆく人々の断末魔の苦しみとその悲惨さが描かれています。もしこの作品の前に立ったなら、死にゆく人々の叫びが聞こえて来るでしょう。彼らの恐怖と、残忍で不当な仕打ちが伝わってくることでしょう。決して癒えることのない傷がそこにあり、未来の世代がそれをみて理解できうるように、絵の中で人々はずっと血を流し続けねばならないのです。そうして、私はここに、私たち人間の置かれた境遇から切り離せない何か、ある種の美学のようなものがあるように感じてしまうのです。

ピカソは蠍座でした。芸術は、痛みから切り離すことはできないと知っていました。とりわけ、悲劇的な経験から感情を呼び覚まされた場合には特にそうです。映画では今村昌平監督の「黒い雨(1989)」が、原子爆弾の被爆者に対する敬意を表して捧げられた作品だと思います。(終)

原文はコチラ

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by xavier_astro | 2014-12-02 00:00 | 人物  

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