映画「her」〜アニマとの契約

この映画「her」を観終えた時、アカデミー賞脚本賞をとるのはこの映画だろうなと思いました。この物語は、コンピュータのOSと恋に落ちたひとりの男を描いた作品で、AI(人工知能)との親密な交流を通じて、人々が成長していく様を描いています。近未来を描いたSFなのですが、私たちはこの映画を観る時、ここに描かれている世界に属し、既にそこに生きている感じがするのです。全てのものが身近で馴染みのあるものとして感じられます。その映像はあまりに美しく、未来的だけれどとてもあたたかみがあって、淡いイエローからサーモンピンクにかけての色彩のグラデーションがこの映画のあらゆるシーンを繋ぎ、ひとつの統一されたムードをつくり出しています。



映画のシーンで、人々はデジタル時代の電子機器にますます取り込まれていて、近代の巨大都市においては生活と切り離せないものとなっています。風刺して描くことは容易かもしれませんが、監督のスパイク・ジョーンズ(1969年10月22日時刻不明、メリーランド州ロックヴィル生まれ)は、とても才能があり、とても緻密な表現力を持つ映画監督で、コンピュータが既に私たちの人生から切っても切り離せないものとなり生活の一部をなしているのは確かなことであり、コンピュータなしの未来など想像だにできないことを前提にして、この話を描いています。今や私たちは文明が急激に変化していく様を目の当たりにしています。その時代の変容の中で私たちが人間であり続けるなら、人間の本質をどのように表現でき得るのか、監督は掘り下げてみたくなったのでしょう。
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Spike Jonze
born on Oct/22, 1969,
in Rockville, Maryland,
time unknown


主人公のセオドアは、内向的で繊細な男性。妻とは別居中でこれから離婚しようとしているところです。女性関係で苦労していることは容易に想像できるキャラクターです。とても興味深い仕事をしていて、それはとても彼にあっているようです。人々から依頼を受け、彼らの関係する人たちに宛てた、感動を呼ぶようなちょっと感傷的なメッセージを口頭で話して、コンピュータに書き取らせるという仕事なのです。これらの手紙は、とてもやさしくて心に深く響くものです。この映画の冒頭部から、コンピュータに読み取らせているのはセオドア自身の感情であって、彼は心やさしい人だと、分かります。

主人公役のホアキン・フェニックス(1974年10月28日時刻不明 プエルトリコ、サンホアン生まれ)は、水のサインの蠍座ということで、様々な感情をうまく表現しています。スパイク・ジョーンズ監督は、セオドアの心情を伝えようとずっと顔をクローズアップして映し出す手法を用いています。フェニックスの表情は、まるでスクリーンに映し出される感情の風景を観ているかのように移り変わってゆきます。
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Joaquin Phoenix
b. on Oct/28, 1974
in San Juan, Puerto Rico,
time unknown


セオドアは、人工知能型0Sを購入するのですが、このOSは自ら学習し進化するように設計されています。セオドアは女性の声を選択し、名前をサマンサ(声はスカーレット・ヨハンソン)に設定します。二人は深い会話を組み交わし、サマンサはセオドアの魂を読み取ることを学習し、彼のことを完全に理解していくのです。まず最初に彼女は、彼にとっての理想の女性になります。二人はありきたりでない緊密な時間を過ごしました。それはとても詩的なものでした。彼は彼の中の深い感情、ロマンティックな感覚や失望感などを、批判される心配をせずに、味わい、表現することができたのです。一方、サマンサは彼女の独自の感情を表現するのに、たとえば、音楽や歌を作曲して彼に捧げたりして、とても創造的なやり方を見出してゆきました。

このようにして、コンピュータのOSはセオドアの女性像のアーキタイプ、アニマとなりました。彼女には肉体がないという事実が、彼にとって理想的な女性像と境界線を越えて交わり合う経験をすることを許したのです。肉体のない女性は普遍的な存在で、彼女は至るところに同時に存在するのでした。いったん彼女と恋に落ちてしまうと、セオドアは彼女の空気感の中で生き、呼吸し始めました。それはまるで母親の胎内に戻るような体験だったのです。

おそらくはスパイク・ジョーンズ監督は魚座の月で、たぶん12室(深い無意識と感情)にあるのではないかと思います。双子座なので思考型であるはずなのですが、監督の深層の無意識的欲望の中に、神秘的ともいえる愛を受容し合える女性を求めているということがあるのでしょう。映画「her」を通じて監督は、完璧な女性像を切望する気持ちを昇華させたのだと言えましょう。監督やセオドアのような男性は、女性に対し過度に期待をしてしまうのですが、彼らが女性と恋に落ちて、彼女らの本当の姿を目の当たりにした時、自分の感情を隠してしまう傾向があります。自分を閉ざし、冷淡でよそよそしくなるのです。そうして、女性は彼らに失望し、不満を感じるようになるのです。

スパイク・ジョーンズ監督は、以前にソフィア・コッポラ(1971年5月14日時刻不明、ニューヨーク生まれ)と結婚していましたが、彼女もまた有能な映画監督ですが、たいそう土の要素の強い人です。山羊座に月がある牡牛座として、ソフィアがジョーンズに最初に出会った頃には、彼の繊細さや、詩的な構想力に非常に惹かれたに違いありません。けれどもやがては彼に対し、不安や怒りを覚えていったことでしょう。ソフィアはまさしく映画の中のセオドアの妻であり、実質的で社会で成功した女性だけれども、彼のことを理解できない人物だったというわけです。スパイク・ジョーンズが、芸術を通じ、自身のフラストレーションを乗り越えることのできる芸術家だったことは、幸いだったと言えましょう。
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Sophia Coppola
b. on May/14, 1971
in New York,
time unknown


「her」は近代社会における美しいラブストーリーです。きっとこの10年の代表的映画となることでしょう。もっと優れてて独創的な作品は他にも出て来ることでしょう。けれどもスパイク・ジョーンズ監督はこの今の時代のエッセンスを完璧に表現しています。監督は彼自身の人間というものに対する信念を通じて、たとえどんなに世界が変化を遂げようとも、愛はいつでもどんなところにも見出すことができるのだと伝えてくれているのです。様々なアーキタイプを通じて私たちは、人としての可能性を見出し、表現していくことができるでしょう。

アーキタイプとなる人物と関わり、学びを得ていく時に、痛みという側面も同時に通過せねばなりません。私たちは完全な人間になりたいと願った時に痛みを避けることはできません。サマンサは感情を味わうという体験を通じて人間になりましたが、この感覚が彼女自身に気づきを与えていく助けとなり、また、彼女の中の自己矛盾や潜在性を深めていく助けとなりました。けれども彼女には実体のある人間の肉体がありません。彼女はアーキタイプの現れなのです。サマンサは、集合無意識に属した存在であり、そこに戻らねばならないのでした。サマンサはセオドアのアニマであり、同時にセオドアに似たものをもつ男性たちのアニマになり得る存在であって、特定の誰かのものではないのです。やがて、サマンサはあらゆる執着から自らを切り離し自由となり、ニルヴァーナのような至福の境地へと消えてゆき、セオドアはひとり取り残されるのでした。

セオドアは彼女が消えてしまったことに打ちのめされますが、それでも彼は、自分にはこれまで生きて来た人生があり、肉体のある存在であることを受け容れねばなりませんでした。自身のアニマと解け合い混じり合っているような状態で生き続けることはできないし、個として確立された存在にならねばなりません。自身の中にたくさんの恐れや感情的な欲求を持つ現実の女性と関わり合っていかねばならないのです。命に限りある存在として現実を受け容れることができなければ、セオドアはさらに孤立化し、世界との関わりを失ってしまうことになるでしょう。映画「her」は、様々な可能性を残したままエンドロールを迎えます。

男性にとって、アニマは直観の源泉なのです。彼女は時に彼の女神となり、恍惚の、神秘の愛へと導くこともありますが、時には魔女とか、人魚とか、ドラゴンとか、、破滅へと導く存在にだってなり得るのですよ。(それが現実です)(終)

映画「her〜世界でひとつの彼女」 公式ウェブサイト

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訂正とお詫び)
本文中のソフィア・コッポラの誕生日が間違っておりました。
誤)3月14日 → 正)5月14日
チャートも間違った日付のものだったのを訂正して差し替えました。
本文の内容には訂正はありません。
お詫び申し上げます。(11月10日)
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by Xavier_Astro | 2014-11-02 00:00 | 映画  

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