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ヴィーナスとアドーニス

ヴィーナスとアドーニス」は、シェイクスピアの最も有名な長編詩の1つで、まだ若い頃に書かれた作品です。この頃、ロンドンでペストが大流行し、劇場が閉鎖されたために、彼は自身の戯曲を上演することができませんでした。シェイクスピアは資金を得るために、戯曲ではない様式である詩を書きました。詩はたいへんな成功を収め、いくつもの版で出版されることとなりました。この詩の美しさとエロティックな内容が大衆にウケたのでしょう。

私はこの詩を数日前に読み直してみて、神話ヴィーナスとアドーニスの物語のシェイクスピアの解釈に改めて驚かされました。ユング的な観点からは、この長編詩に描かれたイメージは、特に欲情的な恋愛関係において活性化されたアーキタイプを極めて繊細に表現しています。



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William Shakespeare
Born on April/23, 1564,
at 8:30 am,
in Stratford-upon-Avon, England

1564年4月23日午前8時30分に英国ストラトフォード=アポン=エイヴォンに、牡牛座の太陽、天秤座の月を持って生まれたシェイクスピアは、金星的な人物でした。というのは金星がこれらの太陽と月の共に支配星となっているからです。性愛というテーマに強く惹かれるのも当然のことでしょう。シェイクスピアの本当の誕生日がいつなのか、いくつかの議論があるようですが、多くの学者がこのデータだろうと言っていますし、私も賛同してこのデータを採り上げることにします。

シェイクスピアは、たいそう敬服していたローマの詩人オウィディウス(オーヴィッド)による『変身物語(メタモルポーセース)』第10巻の話を元に、この詩を書きました。この古代ギリシャ神話のオーヴィッドによるお話では、アドーニスはミュラーの息子ですが、このミュラーは実の父親を愛してしまい、父をだまして一夜を共にしてしまいます。父親がだまされたことに気づいた時、娘であるミュラーを殺そうとしますが、ミュラーは逃げのびます。ですが、ミルラ(没薬)の木に変えられてしまい、後にこの木から子どもが生まれます。この木が放つ芳香(ミルラ)は、ミュラーの涙を象徴すると言われています。

この子どもがアドーニスで、ヴィーナス(ギリシャ神話ではアプロディーテ)はこの子をかくまい、冥界の女王ペルセポネー(プルートの妻)のところに預け、育てさせました。あまりに美しい赤ん坊にペルセポネーは心奪われてしまい、ヴィーナスの元へ返すことを拒みました。そこでゼウス(ジュピター)は間を取りなして、アドーニスが一年のうちのある時にはペルセポネーと一緒に過ごさせ、ある時には自分と共に過ごさせるようにしました。アドーニスが、花や果実が季節ごとに現れたり消えたりするように、植物の生長の儀式と関係するようになった理由の一つです。アドーニスが大きくなった時、ヴィーナスはこの子に熱烈に恋をしてしまい、それでアドーニスは愛の女神ヴィーナスと共に多くの時間を過ごすことになりました。アドーニスは狩りが大好きでしたが、ある日、猪に殺されてしまい、ヴィーナスは嘆き悲しみました。そうして、アドーニスはアネモネの花に生まれ変わったのです。

シェイクスピアの詩では、ヴィーナスとアドーニスの情事について、というよりは、ヴィーナスの欲情に絞って書かれています。アドーニスはヴィーナスの愛を受け容れず、特に彼女の誘惑を拒否しましたが、受け容れるには若過ぎるからとか、彼が狩りに夢中だからとか言って彼女を説得させようとしましたが、愛の女神はそうそう簡単には彼の主張を受け容れません。シェイクスピアの欲情の描写は、彼の全ての文学や詩の中で、最もエロティックであまりに写実的です。アドーニスがヴィーナスの抱擁からようやく逃れられた時、狩りの途中で猪に殺されてしまいます。ヴィーナスは、彼を失ったことを嘆き悲しみ、愛を呪って、言いました。愛には、悲しみと嫉妬がいつも必ずついて回るようになると。ヴィーナスが胸にいつも携えていられるようにと、アドーニスは花に変えられてしまいます。

シェイクスピアはその洞察を通じて、パートナーが十分に成熟していなければ、愛は悲劇的に終わるだろうことを分かりやすく伝えています。ロメオとジュリエットの話のようにです。若いうちは、猪に象徴される自然の力をコントロールできないということを示しています。このことは、思春期に愛に失望して自殺するケースのあまりに多い、その理由の一つともなっているでしょう。愛と欲望は死への衝動から遠ざけてはくれません。この詩の中で、猪の口の中で血と白い泡が混ざるのをヴィーナスが見るという描写があるのですが、それは極めて強い性のイメージであり、処女性の喪失であり、レイプをも彷彿とさせるシーンです。

深層心理的には、女としてのヴィーナスは欲情に走るとすれば、猪は彼女の男性性の無意識的アーキタイプであるアニムスを意味します。ヴィーナスは、明らかに愛を拒絶したアドーニスに怒りを覚えているのです。ヴィーナスは失望してアドーニスを殺してしまいたいと思いますが、彼女は猪に表される彼女自身の激しい怒りが自身にあるのを恐れるあまりに、実際は行動はできないのです。猪がアドーニスの股間を突くのをヴィーナスが見るという、この詩の中でまた別の描写がありますが、これはアドーニスを去勢したいという彼女の衝動の明確なイメージであります。

この神話の背景を考慮すれば、アドーニスは偽りと近親相姦によって出来た子どもということになり、罪の産物と言うことができましょう。アドーニスの母親であるミュラーは、いつか彼女を殺すだろう父親のイメージという強迫観念がありました。ペルセポネーとヴィーナスは赤ん坊のアドーニスを自分のものにしようと争います。ここには明らかに、この神話に出て来る女性の孕むアニムスにまつわる問題があります。子どもを自分のためだけに、そして自分だけのものにしたいという女性の中にある自己愛的な傾向のことです。今風に置き換えれば、子どもを作るのに精子バンクに行くような女性のような感じかもしれません。(同性愛カップルの話をしているのではありません)ここで出る疑問は、こういう女性たちは、物質的欲求を満たしたいのか?あるいは自分の欲望のために自分に服従する男を作りたいのか?ということです。ミュラーの赤ん坊を護ったヴィーナスは、アドーニスにしてみれば、また別の母親像でもあるのです。近親相姦的な要素がここにもまたありますね。

シェイクスピアは深層にある全ての象徴を探求することが出来ました。彼は金星と冥王星をスクエアで持っていて、それは、愛と欲望と死を結ぶものを私たちが理解するのを助ける意味合いを持つアスペクトです。詩の中の美しい一文がこう伝えます。「海には境界があるけれど、深い欲望には限りがないのです。」

それから、ヴィーナスの本当の相手となるのは、彼女のように美しい誰か、アドーニスのような対象ではないのです。ヴィーナスの恋人は、戦争と敵対の粗野の神マーズであり、彼女の夫は、神々の鍛冶やであり、醜く変身させられた神ヴァルカン(ギリシャ神話ではヘーパイストス)です。私たちが真に相手とすべき対象は、自分と対照的な人物なのです。実際の関係性において惹き付けられるのは、自分と正反対で対照的な人であって、よく似ていて相性のいい人物ではないのだ、ということをクライアントが理解できていない時に、私はいつも当惑させられるのです。(終) 

註)ザビエが参照したシェイクスピアの出生図
⇒  http://www.astrotheme.com/astrology/William_Shakespeare

原文(英語)はコチラ

対訳 シェイクスピア詩集―イギリス詩人選〈1〉 (岩波文庫)

シェイクスピア / 岩波書店


by xavier_astro | 2014-01-04 00:00 | 文学  

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