人気ブログランキング |

良い友、悪い友 〜友達との付き合い方(2)

ここでは、エピクロス彼の学派であるエピクロス主義をみていきたいと思います。私は紀元前3世紀に生きたこのアテネの哲学者について薄っぺらな印象しか持っていませんでした。多くの人がそう思っているように、エピクロスは犠牲を払ってでも喜びを経験すること(快楽主義)のみを説いた人だと思っていました。キリスト教徒たちは非常に悪い噂を流しましたが、それはエピクロスが人間の魂は死しても生き残るという考えを信じていなかったからです。イエス・キリストは、神の王国はこの世のもの(あるいはこの具象界のもの)ではないとしましたが、エピクロスは、人生こそが私たちの唯一の所有物なのだから、いかにして人生を楽しむか、その方法を学ぶべきだと考えました。



エピクロスは実際とても賢い人で、生きるための術に程よく長けた熟練者でした。彼は自身の哲学追究の主なテーマに「友情」を採り上げました。もちろん、最終的には快楽というテーマに行き着くのですが、エピクロスにとって快楽とは度を超してまで行うという意味ではありませんでした。食欲にまかせて食べ過ぎれば、いつかは痛みや病気になってしまうかもしれません。楽しく人生を生きることを望み、明晰な心を保ち続けたいなら、痛みは避けるべきなのです。幸せになるために私たちは、人生において必要とされる事柄に目を向けなければならないのです。

幾度か居場所を転々とし、様々な研究を行った後、エピクロスはアテナイへ移り、その地で落ち着くことになります。彼は広大な土地を手に入れ、美しい庭を造り、友人たちと弟子たちと共同生活を始めました。女性や奴隷たちも入ることが許されていました(この時代においては珍しい状況でした)。友情は徹底的に深められ、評価され、食事はいつも質素で自然なものでした。エピクロスはチーズと蜂蜜とワインがあれば宴会を開き、人々をもてなすことができると言いました。それゆえ彼の学園は時に「庭園」(κήπος = KEPOS)と呼ばれていました。庭園は、人々が人生のホリスティックなヴィジョンや、健康的な食事や芸術をシェアし合えるような場所でした。人生の主軸となるものは、個々人と、その個人の自由であり、人はこのゴールへ到達するために友情を必要とするのです。エピクロスはおそらく水瓶座で、グループや革新、発展と関連するこのサインの完璧な見本であるように思えます。彼はここで、宇宙に調和した幸福というようなものを分かち合っていたのです。彼はこの庭園と全ての財産を友人に譲るのですが、それを読んだ時、私は彼の意図したことを理解しました。エピクロスの誕生日のデータについて彼の文書の中に記述があるのですが、厳密な現代のデータに置き換えるには少々難解なので、ここでは一般論として、水瓶座であるエピクロスについて少しだけ触れることにします。

エピクロスから私が受け取ったことは、人生の究極の目的と、どのようにして人生における満足感を得るかを学ぶためには、友情が重要であるとした彼の解釈でした。私の場合は、永遠の魂を信じてはいますけれど。エピクロスの友人であり一番弟子であったメトロドスが死ぬ時に言い残したとされる「BEBIOTAI」というギリシャの言葉が好きなのです。「私は生き切った!」という意味です。

私が再探訪することになったもうひとりの思想家はキケローですが、彼は交友関係についてのエッセイ『友情について(De Amicitia)』を書いているので、この選択に疑いはありませんでした。しかしながら、この偉大な文筆家、法律家、演説者であり極めてスタイリッシュなラテン語の精通者であったキケローは、私にとっては古代ローマ風であり過ぎました。彼の友情論は、やがて、規律や義務や忠誠といった古代ローマの理想と化してしまいました。人は本当の友人にはその友人の面目を欠くようなことを尋ねられないものです。あるいはその人自身が面目を欠くようなことは尋ねられません。ゆえに、彼の記述は見事ではあるけれど、それらは教訓であり理想に過ぎないと思います。実際、キケローは友情の高い基準を保てませんでした。彼には良い友も悪い友もいましたが、みな風変わりな人物で、キケローは友人を裏切ったり、裏切られたりしたのです。結局、キケローは悪い友によって(首を切られて)暗殺されてしまうのです。

残念なことに、キケローは自身の交友関係の経験に基づいて現実的に正直に記述することはしませんでした。キケローは私と同じ山羊座なので、人生についての彼の厳しい視点を理解はできるのですが、私の場合は、エピクロスの快楽主義と研究内容の方に、より近いものを感じます。政治や社会的名声などの複雑な事柄と無縁な世界にいて、たぶん私は少し天王星的であり過ぎるのかもしれません。哲学や精神世界について語り合い、友と一緒にクンダリーニヨガをし、美味しい食事とワインを分かち合い、このような私の独自の活動をし続けられるような「庭園」のようなところが、私の人生の理想だと言えるかもしれません。

さて、ギリシャもローマもここではもう十分としましょう。どうか今回の2日間のワークショップがこの話に基づいて行われると思わないで下さい。本題に入るためにちょっと触れたかっただけなのです。私は単に私の精神と知性がこれまで旅して来たことをシェアしたかっただけで、なぜならこれまでの旅によって私は私自身の独自の視点を発展させてきたからです。ワークショップでは、もっと明確な心理学的視点、進化心理学の発見について、焦点をあてていきましょう。また、文学や映画から引用した例もいくつか見ていきましょう。もちろん、最も重要なのは占星術との関係で、私たちの出生図が交友関係について何を言っているか、これを理解するために出生図をどう活用することができるかについて掘り下げていこうと思っています。目的は、人間関係の質を発展させ、友人との間に起きてくる体験、良いものであれ悪いものであれ、あるいは友人の犯した間違いや自分自身の犯した過ちを、どのようにして自分ものとして受け容れていくのかを学ぶということなのです。

また別の話題も紹介したいと思いますが、ワークショップで深く掘り下げていきますので、ここでは簡潔に少し触れるだけに留めます。

私がある話題でワクワクすることと言ったら、シェイクスピアに話が及んだ時です。シェイクスピアは私のバイブルなんです。というのも、シェイクスピアの文学は人間の精神の全ての領域を探求することをやりのけているからです。シェイクスピアは、登場人物や筋書きを通じて、人間のどんな感情であれ、精細に描き出しています。どんな感情であれ、葛藤であれ、事態の混乱であれ、戯曲の中で極めて独特ではあるが普遍的な方法で、少なくともひとつ、あるいはそれ以上のテーマに常に取り組んでいます。そしてこれらは観客なしには成し遂げられないことです。シェイクスピアは登場人物を決して裁くことなく、登場人物の感情を観客と共有させ、共感や恐れを共に体験できるようにさせるのです。このような方法によって学んだ教訓を私たちは決して忘れることはないでしょう。

ワークショップでは、シェイクスピアの戯曲の内、「リチャード二世」「アテネのタイモン」の二つを採り上げたいと思います。全く違った展開の戯曲ですが、共に友情とアイデンティティについて描かれています。リチャード二世は、自己を完全に無視して生きるところから無情な教訓を経て、最後には真の気づきを得ていくところまでの一生を、崇高に描いた物語です。アテネのタイモンは、シェイクスピアの生涯と経歴の最後の時期に、極めて実験的に描かれた作品です。この悲劇は、評論家にはどういうわけかあまり採り上げられないのですが、昨今、経済危機の後くらいから、注目されつつあります。英国の舞台ではどんどん上演されていますし、きっと英国、アメリカでは映画も製作されることになるだろうと私は思っています。

最後に大事なことをひとつ、デヴィッド・フィンチャーによる「ソーシャル・ネットワーク」は交友関係をテーマにした現代の悲劇を描いた映画ですが、私たちが日々インターネットや交友関係で体験していることにとても通ずる話です。(終)

原文(英語)はコチラ
良い友、悪い友 〜友達との付き合い方(1)

友情について (岩波文庫)

キケロー / 岩波書店


ソーシャル・ネットワーク [DVD]

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



※ このコラムは10月26日〜27日に行われる2日間のワークショップへの導入として書かれたものです。ぜひ、こちらのクラスへもご参加下さいませ〜。

ザビエ・ベトコート2日間ワークショップ 
《人間関係セミナー~なぜ私たちは不快な関係性に依存するのか?
そのメカニズムを理解しパターンを手放す》

10月26日(土)~27日(日)10:00~17:00
詳細は ⇒ コチラ

by xavier_astro | 2013-10-16 00:00 | 心理  

<< クンダリーニヨガの呼吸法を修得... GOOD FRIENDS, B... >>