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THE HOLLOW CROWN〜ホロウクラウン(空しき王冠)(2)

第3幕第2場面の初めの方に、リチャード二世が人間的になっていく過程の最初の兆しを描いた、もうひとつの美しい独白シーンがあります。リチャードは自分自身のことを、威厳があり尊ばれる王たる王だと思っていたにもかかわらず、今や終わりが来ようとしていることを悟ります。「墓と蛆虫(うじむし)の話をしよう。」ここで死に至らしめる罠としての王冠という主題が語られ始めます。「死すべき人間に過ぎぬ王のこめかみを覆う空ろな王冠の中では、死神という道化師が居座っているのだ。」王座はやがて追われる時が来るし、他の人々と同様に王とていつかは死すべき運命にある故に、権力も王の威厳も錯覚だと気づくのです。私たち人間が他の動物たちと違うのは、死を認識できるかどうかということなのでしょう。




ここで、ジャック・ラカンによる精神分析の理論から、いい例を紹介しましょう。それは「鏡像段階」と呼ばれるもので、生後6ヶ月から18ヶ月の間の幼児がこの過程を経るとされます。ラカンによれば、幼児は自己を鏡で見るまでは、自分自身を「寸断された身体」としての自己としてしか捉えられません。このイメージには母親の愛が含まれていて、成人期のセルフアイデンティティの基礎を形成していくために避けられない段階です。ここでの鏡の中の自己は即ち他者のことなのですが(つまり外側の他者に私たち自身を見るということ)、やがて鏡の中の自己を自分自身として見られ、愛されることを求め始めるのです。母親は鏡に映る幼児をまず間違いなく愛するでしょうけれども。

占星術からの見解では、チャートの最も高い位置にあるMCや10室は、権力や責任、社会的地位、人生の到達地点に関係する場所ですが、母親とも関連しています。さらには、歴史的人物のリチャード二世は山羊座であり、責任や権力と結びつきのあるサインでした。リチャード・ニクソンは母親と強い繋がりがあった人ですが、やはり山羊座生まれで、彼が大統領の地位を失った時、激しく嘆き悲しみました。全ては彼自身の過ちと、彼を取り巻く人々をコントロールできなかったことによって起きたことです。そうしてニクソンは自分のセルフイメージをもう一度作り直さねばなりませんでした。

リチャード二世の中で、シェイクスピアは、この鏡像段階のコンセプトのインスピレーションを得たのでしょう。リチャードは実際、生まれてから王として崇められていました。王冠を纏うことなくして彼は自分のセルフイメージを認識することはなかったでしょう。彼を取り巻く幾千もの国民たちが王のために働き、王を崇めていました。もちろん多くの王たちが裏切られ、辱めにあい、処刑されていったわけですが、リチャードの場合、王であり続けることを自ら放棄したのです。この王冠のない男、リチャードとは一体何者だといえるのでしょう?

もう一度ラカンの理論に戻ります。鏡に映る幼児の姿には愛としての母親像も含まれており、このエロティックなエネルギーは人生を通じてセルフイメージに繋がるものなのです。この理論の一つの結論は、人は誰かと恋に落ちた時、その人を愛することを望み、鏡に映る自己イメージを崇めようとするのです。ナルシシズムのお話です。私たちの活力は、自分自身の理想像である私という幻想を持ち続けることに概ね費やされてしまいます。つまりナルシシズムによって私たちの創造性がブロックされてしまいがちであることを、私たちはよく分かっているはずです。

リチャード二世が王の座を退けられるシーンは、既に年を取り、跡継ぎがいなかったエリザベス1世の気に障ることを恐れて、演じられることは決してありませんでした。この話はエリザベス1世の退位について暗喩したものだという人すらいました。シェイクスピアはエリザベス1世の聴衆がナルキソスの神話を知っていることが分かっていてこのシーンを描いたのです。当時、詩人オーヴィッドの詩はとても有名でした。このように、もしナルシシズムが気力を損なわせ死を暗示するような鏡だとしたら、リチャードの鏡を割る行為は、アイデンティティを喪失する感覚からの解放となったと言えるのではないでしょうか。

リチャードが王冠のないただの一個人となった時、自由へと向う展望をうたったこのリチャード二世の独白には、たくさんの示唆が含まれています。しかしながら、彼の早過ぎる死は明らかに個人形成のプロセスの失敗を意味するものであり、王冠を失うことは過ちを繰り返した結果であって、決して意図してそうなったわけではありませんでした。

王冠は、世界的な権力やナルシシズムに基づくアイデンティティの象徴として、あるいは自我を無視することの象徴として、携えるにはたいそう重くて危険な装具でしょう。シェイクスピアはリチャードを退けたヘンリー四世の第2部で、眠れず不安な夜を過ごすヘンリーにこんな台詞を呟かせます。「王冠をいただく頭に安楽なし 」と。(終)

原文(英語)はコチラ
THE HOLLOW CROWN〜ホロウクラウン(空しき王冠)(1)

by xavier_astro | 2013-09-18 00:00 | 文学  

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