ミルチャ・エリアーデ〜ルーマニアの宗教学者、幻想文学作家そしてヨガ行者(1)

20世紀における最も人を魅了した人物として、ルーマニアの作家、ミルチャ・エリアーデ(1907-1986)の名を挙げることは疑いないことでしょう。彼の作品はほとんどの言語に翻訳され、宗教史に関する文書は、全世界の学者、思想家に多大なる影響を及ぼしました。スピリチュアリティへの彼特有の理解に対して誹謗中傷する者は後を絶たないものの、彼の宗教観や心霊現象についての認識の仕方は、近代思想に伝え広がりました。



エリアーデの著述は、確かに、哲学や人類学の分野におけるあらゆる専門家によって読まれ、研究されてきたましたが、高等教育機関外にいる数多の読者もまた、エリアーデの表現様式と精神性の高いメッセージを快く受け容れてきました。ユングのアーキタイプ理論は、明らかにエリアーデの思想に大きな影響を与えていることが分かります。個人のプロセスを活性化させるのに必要とされる無意識の働きには、宗教的な神聖な儀式的な要素があるという考え方は、ユングが発展させたものですが、このことはエリアーデのエッセイの中にも書かれています。エリアーデは、偉大なスイスの心理学者(ユング)よりもさらに深く掘り下げ、人というのは基本的に宗教的な神聖な存在である、としたのです。彼は人類のことを「ホモサピエンス(知恵のあるヒト)」という代わりに「ホモリリジャス(宗教的なヒト)」と呼びました。そして、彼によれば、宗教というのは普遍的な現象なのであって、論理的に解釈され得ないものだということです。

ミルチャ・エリアーデが現代思想へより大きな影響を及ぼしたという考えはあながち大げさなことではありません。最も厳密な学術的レベルにおいては集合無意識についての見解を述べたのはユングとされていますが、エリアーデは彼特有の著述様式でもって、エリアーデ自身が説明し描写した神聖な経験を彼の読者たちにシェアしたのです。彼のスタイルと著述の技術は、もちろん、彼の非常に深い学識によるものですが、石器時代から現代に至るまで、世界中の宗教史についての並外れた知識を持っていました。しかし彼の秘密のツールは、シンボルへの理解だったのです。エリアーデはより風変わりで予想もしないような意味をつけることを厭いませんでした。ある時、彼はある固有のシンボルを用いることで、宗教的事実の説明することを見出したのです。例えば、貝殻と真珠を含む豊穣の儀式について、彼は世界中のどこからでもたくさんの例を見つけてきて、はっきりと示すことができたのです。エリアーデは、シンボルの潜在的な力を使うことによって、読者にエピファニー(物事人物の本質が露呈する瞬間)を起こさせているのだと言えましょう。顕在的であれ潜在的であれ、全ての象徴とされるものと神話的含意を探求してゆくのに、夢やあらゆる状況を解釈して展開させてゆくユングの手法を、エリアーデは受け継いだのです。

ミルチャ・エリアーデは、ルーマニアのブカレストに1907年3月13日午前5時に生まれた魚座です。彼の散文形式には、木星と海王星の性質があって、読む者に、知的にも個人的な次元においても、シンボルの新しい意味を学ばせ、感じさせ、想像させる力があります。彼の書いた宗教史の専門書がそのよい例でしょう。月と豊穣の儀式に充てられた章では、水の循環、真珠、貝殻を女性の受胎力と結びつけ、原始的部族の信仰心にあっては、これらの見方(貝殻、月のサイクルなど)は原因と結果の連鎖ではなく、女性性という同じ原理の中の違った表現なのであるとしました。
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Mircea Eliade
March/13/1907
at 5:00 am
Bucharest, Romania

私が個人的に思うのは、エリアーデの散文は方向の定まらぬ水の流れのようだということです。彼はイメージから得た秘密の調和を見出しました。曖昧に聞こえるかもしれませんが、彼のシンボルに関する知識は、彼に特殊な学術的厳密さを与えています。評論家の中には、いわゆるエリアーデの一般概念化のやり過ぎについて、非難をする者もいますが、エリアーデは、シンボルやシンボルの意味による影響に深く巻き込まれることなく、シンボルや精神性について語ることはできえないのだと伝えました。例えば、ジュピター(惑星、あるいはギリシャ神話の神)について話し、読み、学ぼうとする時に、私たちはジュピターというシンボルの開放的なエネルギーに実際につながらないわけにいかないのだということです。

しかしながら、エリアーデは魚座ですから、時に混乱したり感情的に不安定になることがあったに違いありません。彼の太陽は土星とコンジャンクションしていて、鍛錬と粘り強さという性質を彼に与えています。サンスクリット語とインドの文化を学んでいる時、エリアーデはヒマラヤの洞窟で6ヶ月の間、ヨガの修行をしました。後には学者となるわけですが、それでも彼は決してヨガの実践をやめることはありませんでした。人生において困難な時期にはいつでも、ヒマラヤ山脈の洞窟をイメージすることが、彼にとっての秘密の避難場所となったと彼はよく言っていました。「ヨーガ:永遠と自由(仮題)」(1958年初版 英語)は、20世紀に書かれたヨガについての随筆の中で最も素晴しく、最も包括的に記述されたものだと言えましょう。

土星の位置が最も複雑になるのは、魚座にある時です。一見、魚座の支配星の海王星と土星の葛藤は、打ち勝つことが不可能であるかのように見えます。水に全てを溶かしていくというサインの海王星には境界線がありません、それに対して土星は制限と境界の明確化に基づく厳格な権威、ヒエラルキー、構造を強いるのです。しかしミルチャ・エリアーデは、ヨガの修行と、宗教と精神文明の伝統を研究する中で、魚座の土星を表現する最高の方法を見出しました。エリアーデの時間と現実(土星の主題)にまつわるヴィジョンこそが、私たちが学術的随筆文の中で発見し得る、最も正確なものであると、敢えて宣言したいとまで、私は思っています。

「永遠回帰の神話」(1949)の中で、エリアーデは時間の概念について研究をし始めました。原始的、伝統的な精神にとって、神聖なものというのは現実に相当するものであるが、神聖でないもの、あるいは儀式を通じて聖別されなかったものはどんなものであれ、現実ではないとしました。神、あるいはその化身が人々に、その儀式をどのように行うかを伝えるその「時間」の始まりには、どんな宗教的儀式であれ、参加者と司祭、従者がそこに存在します。ゆえに現実というのはその出発点、起源にあるのです。このことが、循環の法則に支配されているこの世にあって、現実と繋がりを持ち続けるために、日、月、年という時間の周期がなくなるその時まで、儀式は執り行われねばならない、理由なのです。神聖なるものと、神聖を冒すもの(神聖でないものは全て)の間の対立は、エリアーデの精神性についての考え方においては構造的カテゴリーに属するとされます。

伝統文化の部族や市民は、神々がいるような特別な場所(山や森)や寺院や聖堂にて神聖なる儀式を行うことによって、構造化、組織化されていました。この視点からは、神聖なるものの領域外で行われるどんなイベントや現実というのは、存在していないということになります。神々の庇護下で部族が生活をするその領域外では、無秩序があるだけで、混乱の悪魔が絶え間なく物事を破壊しようとし、無秩序に陥らせようとするのです。これが儀式が、正確に決められた時間と決められた場所で行われねばならない理由なのです。場所と時間というのは、起源、物事が始められたその場所と時間、ということです。エリアーデがこれらの事実に使用した技術的手法は、ラテン語の表現で‘in illo tempore’といって、文字通り「その時に」(=その出来事が始まったその時に)という意味です。(続く)

エリアーデ著作集 第9巻 ヨーガ 1

ミルチャ・エリアーデ / せりか書房


永遠回帰の神話 - 祖型と反復

ミルチャ・エリアーデ / 未来社


原文(英語)はコチラ....
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by xavier_astro | 2012-12-02 00:00 | 人物  

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