良い友、悪い友 〜友達との付き合い方(1)

ここのところ、私は「交友関係」についてずっと考えてきました。私自身はこれまでずっと友人に恵まれてきたので、自分のことは幸運な人間だなと思っています。これまでの人生において起きた最良のことの多くは、友人と共にいたからこそ体験できたことだと思うし、むしろ彼らのお蔭だと思ったりもします。無条件の友と呼ばれるような人々についてよく知ることは、その友が世界のどこにいたとしても、私を安心させてくれるものなのです。



もちろん、友人にガッカリさせられることだってあります。わざわざ言いたいわけではないけれど、悪い友人に裏切られたり傷つけられたこともあるし、悪いと言えるような交友関係だってあるにはあるのです。それで、悪い友人と、友人を装っている人の違いを探る必要があるのではないかと思っています。自分勝手な利益を得ようとして誰かと友達になるふりをする人と、友達になり損ねた人(悪い友達)との間には大きな違いがあると私は確信しています。私は聖者ではないので、これまでに幾度となく友達になり損ねたことがありますし、そうなるつもりはなかったのに悪い友人関係になってしまった人もいます。自分が失望させてしまった人々に謝罪したいと強く思います。彼らが今世界のどこにいようとも。あるいはもう今はこの世界にいなくても。

どうであれ、子どもの頃から今に至るまでの交友関係が私に与えてくれた豊かな経験なくして、今の自分はなかったと思います。良い悪いに関わらず私は友達から多くのことを学んできました。時にそれはツラいものだったこともあります。極めて個人的なやり方で、良い友達と共に体験してきた数々の喜びや興奮、楽しみを越えたところで、あるいは悪い友達との間で体験した幻滅や痛みを越えたところで、私が得た報いとは、いつでも人間の魂の深淵に目を向けさせてくれるものでした。人間の精神を理解することが私のミッションであり、おそらく人と違うところがあるとすれば、この点でしょう。

そういうわけで、文学や芸術の分野で極めて多く語られてきた交友関係について、心理学や哲学にでは、どう言っているのかを理解するための研究を深めることを私は試みてきました。しかしながら、交友関係のテーマが、心理学、哲学においてはあまり研究されて来ていないことを知って、私は驚きました。心理学においては、家族間の関係性や、恋愛や性的な結びつきについてばかり関心が向けられていて、交友関係についてはあたりまえのものとして採り上げられて来なかったのです。精神分析では、投影や、力関係にまつわる葛藤、あるいは私たちの攻撃的本能を昇華させる行為、というように見なしたりします。ユングは「影(シャドウ)」に立ち返りましたが、これは変容や錬金術的プロセスというアーキタイプ(元型)なのです。

哲学はこのテーマを道徳的に説明しようとするのですが、お気楽な哲学者が交友関係の利益や楽しい面を説くばかりで、たいていは理想論に過ぎず、悪い友達のことを非難します。悲観的な哲学者は交友関係など、錯覚に過ぎず、男も女もただ自分勝手な利益を気にしているだけであって、置かれた状況の中でより優越感を得られるような人を選んで友達のふりをしているだけだと言うのです。キリスト教においては、これとまるきり正反対の見方を合わせて見ることを提案していて、なぜなら私たちは神の子であり、私たちはみな兄弟なのだから、愛し合うべきだと言うわけです。悪い友達や裏切り者とうまくやるために私たちができる唯一のことは、私たちを傷つける人であれ、赦す、ということだけであると説くのです。しかし、実際の日常で、こんな理想がうまくいくことなんて稀なことでしょう。

東洋思想は、こうした考えからそうそうかけ離れたものでもなくて、中国の儒教では交友関係についての道徳的規範や伝統的手法がたくさんあります。インド哲学では、それは妄想であると言っています。

このテーマについて、宗教や学校が言っていることから私は多くを学んできたにもかかわらず、このような理想や信条に納得することなど決してないし、交友関係がどう機能しているかやその目的、その真髄についての関心を持たずにいることなどできません。それで私は、ワークショップでこのテーマを採り上げることにしました。先ず最初にメキシコでスタートさせました。生徒のみなさんは非常にこのテーマに取り組むことに意欲的になっています。交友関係とはなんであるのか理解したがっており、可能な限り最善の方法でここで採り上げるような交友関係について、どのようにしたらやりこなせるのかが知りたいし学びたがっています。私たちは友達ができるととても心強く安心できるのですが、失った時には野ざらしにされ、困惑した気分になるのです。

結果として、私自身の旅案内をみなさんにシェアしたいと思います。ですから、私はこのコラムの中では非常に個人的なことを書かざるを得ません。古代ギリシャ文化を信奉する者として、第一段階は、ギリシャ哲学者をもう一度見ていき、彼らの交友関係についての見解をお伝えしていきたいと思います。プラトンとソクラテスはもう十分に学んだし、彼らの思想についてよく知っているので割愛します。彼らは友愛と憎しみについてよく知っていました。彼らには究極的な良い友人がいたけれど、とりわけソクラテスとプラトンは、彼ら独自の形而上学と人生哲学について教えることこそ大事に捉えていたので、敢えて言うなら、この西洋思想の二人の父は、交友関係については、彼らの理論を発展させるための研究材料として扱うまででした。アリストテレスについても同様で、彼の倫理学は、社会やこの宇宙に属する人々の間の関係性や、人々の行動について多くを説いています。

ここでは、エピクロスと彼の学派であるエピクロス主義を見ていきたいと思います。(続く)

原文(英語)はコチラ
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by xavier_astro | 2013-10-02 00:00 | 心理  

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