進化心理学〜欠点と悪徳〜(1)

恥と悪徳についての研究をしながら、いくつかの否定的感情は肯定的価値と同様に、人類の進化の過程においてある特定の目的を持っているに違いないと、私は唐突に思い至りました。羨望や憤り、あるいは敬意や賞賛という価値基準は、複雑な人類の形成において、独自の進化の歴史を辿り、機能を果して来ました。これらの複雑な進化の過程を理解するための科学が進化心理学で、これはチャールズ・ダーウィンの進化論を発展させた近代の最新科学と言えます。




これは人間の心理を探究する新しい領域を私に開いてくれました。人の本質を理解するのに、私自身の中に欠けていた何かを見つけたのです。本当のことを言うと一から出直さねばならないかと思うとたじろいでしまったのですが。きっと次の人生で、進化心理学を深く研究することになるのかもしれません。けれどもやはり、リスクを冒してでもできうる限りは学ぼうと決意しました。次の人生があるかどうかなんて分かりませんから。そしてもし生まれかわれたとして、同じことに興味を持つかどうかも分からないんですから。

概して言えば、心理学の教育の現場では、感情や人間の価値を当たり前のものとし、精神障害は常にあるものだという視点で考えられています。セラピーは人々や個人の集まりを正常にするのに役立つものとされ、精神分析学は本能や本能的欲望の抑圧を扱います。認知心理学は学習と行動などについて研究し、ユング心理学はさらに掘り下げた、個人の意識無意識の潜在力の発達について扱います。しかしながら、マインドの進化やどのようにして人が感情や倫理観を受け継いできたのかについての研究が、人々を助けるためのよりよい理解に繋がるだろう事実を、たいていの理論は見過ごしてしまっているのです。

進化心理学の観点からは、恐れや不安のような嫌がられる感情が、人類の進化に目的を持っているに違いないのです。例えば、ある種の恐怖症は、略奪者や、あるいは蛇や蜘蛛といったある種の危険な生き物から身を守るために、私たちの祖先が発展させてきたメカニズムの名残なのです。これは単なる共通感覚であって、恐怖症が治る助けになるわけではありません。ですから、私たちのチャレンジは、このような情報を駆使する実践的な方法を見出すということなのです。精神分析学は恐怖症が何を意味しているかについて説こうとし、抑圧された性衝動の隠喩だとします。生存のための正常なメカニズムとして、恐怖症が自然なことだと、誰かに思わせるのならば、恐怖症を取り除くための何かを解放させることは、もっと容易にできることでしょう。さらに単純な決まり文句があるとすれば、恐怖症になりましょう、必要とする日がくるかもしれませんよ、でも、恐怖症にあなたの人生を支配させないようにして下さい。

実際、進化心理学はとても新しい科学です。様々な理論があり、互いに相反する傾向もあるような困惑することの多い領域です。まだ定義づけもまだ定まっておらず、進化生物学や進化社会学、あるいは進化生態学のような他の科学と識別がされようとしている段階です。生まれたばかりの研究分野で、進化と人間の目的を理解しようと関心を持つ者は誰でも、ここに貢献することができます。私たちは、マルキシズムや精神分析のような全体主義的考え方で、新しい理論を探究し、創造していくちょうどいい時期に生きていて、縛られずもはや自由でいていいのです。

進化心理学が近代哲学へ及ぼすことについて私が伝えたい重要なポイントは、私たちの生命の遺伝子の話題を耳にする時、たいてい人は何かイヤな感じを受けるものです。どんな類いの行動をとったとしても、そこに遺伝子情報が表現されているのです。ナチズムのような負のイデオロギーであれ、正当化されます。実際、進化論では、人間の行動は遺伝子によって説明されうることを明らかにしています。動物の脳が小さければ小さいほど、その行動は予測可能で機械反射的に起きてきますし、脳が大きければ大きいほど、複雑で予測不可能になります。それは究極的な状況においても新しい選択の余地があるようにデザインされているからです。

ロビン・ダンバーは、神経科学の権威で、以下のように見事に説いています。遺伝学の進化は私たちを遺伝子の囚われから解放してくれました。この見地から、遺伝子が私たちの行動の原因なのではなく、私たちが遺伝子に責任を負うべきなのであり、遺伝子を気にかけ、遺伝子を適切に使うようにせねばなりません。長い長い時間をかけて生命はこのデザインを使用してきたのです。

人間の脳は動物のそれと比較して最も大きく、より発達していますが、これは予期せぬ方法で予期せぬ問題を解決するためのデザインだと言えます。私にとっては、ここがこの新科学の最も刺激的なところなのですが、態度や反応、感情、傾向の出所を辿ることができます。しかし最も重要なのは人間の創造性だと言えましょう。私の視点では、人間の身体の進化は基本的には既に達成されています。つまり今に至っては、人間という種の進化は単に創造的であるかにかかっていると思うのです。食糧が豊かであるか否かによって人は背を高くもできうるし、環境破壊から生き延びるために、マイナーな方へ変異することもありうるのです。しかしながら、もはや人間の知性の進化と、そして環境と私たちが相互に作用し合うための道具の発展こそが、少し怖いようであるけれども魅惑的な、未来を開くための過程なのです。現代の心配事のたいていはこの否定しがたい事実から来ているでしょう。              
私の考えでは、劣等意識やトラウマを処理するために、私たちの精神は生存の進化的メカニズムや生殖行動を使います。たとえば実際的な技能かあるいはそうではない素材を使うのかによって、精神はそれらに付随し、元々持っている資質や能力を利用していくのです。精神は私たちを苦しめたり破壊しようとすることで忙しく、むしろそれを楽しんでいるかのようにみえるほどです。精神分析のようでもありますが、もっと深いところを探っていくのです。(続く)

原文(英語)はコチラ
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by xavier_astro | 2013-03-02 00:00 | 心理  

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