大悪徳(悪習)2 (1)

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この七つの大罪というテーマは、私たちの感情的なパターンや社会的な振る舞いを理解するのに、まったく新しい視点を与えてくれます。もし私たちが、「罪」と言う言葉に示唆されるような、何世紀にも渡って行われて来た偽善や社会的宗教的偏狭さにより、受け継がれて来た道徳的先入観を、越えて行くことがもしもできるのならば、20世紀という時代が私たちの心に刷り込んだ症候群や心理的障害など、精神や心理に影響を及ぼす烙印を取り除くことができ得ましょう。ここで私たちは、恐れや強迫観念、それに神経症、躁鬱や精神病による不安定さを軽減させようとする代わりに、自分自身(アイデンティティの感覚)に関する誤解されている点や、間違った態度について、そして他者との関係性について考えてみることにしましょう。「罪を犯す」とは過ちを犯すという意味なのです。



私がこのアプローチのどこに感銘を受けたかと言うと、古いパターンを全く正反対の心の状態に変容させるその可能性です。霊的な伝統的教えにおいては、大悪徳への対抗手段として、特定の美徳を取り入れて来ました。そしてこれは単に罪から解放させるだけでなく、それをその正反対のものへ変容させるのを可能にするためのものです。その目的は、否定的で破壊的なエネルギーを肯定的で創造的なエネルギーに変えることです。例えば、伝統的な教えの中では、強欲に対して慈愛を用いますが、ここで理解すべきことは、強欲に陥りがちな人は、必要性とは何を意味するのか、そして、自分がどのような安心感を作り出せるのかといった感覚を、発達させることができるということです。また、他者の欲求や苦痛を理解することができるので、それによって人々を助けることができるのです。
           
今回は貧欲さ(強欲)をテーマにしたいと思います。そしてその次に、嫉妬と高慢を掘下げて行きましょう。これらの罪がどのようにしてセルフ(自己)の破滅を引き起こしていくのか、そしてまた、どうやったらそれらを正反対の美徳へと変容させることができるのか、を見ていきたいと思っています。ここではまず最初にフランスの偉大な作家、オノレ・ド・バルザックのチャートを採り上げたいと思います。彼は全ての大罪を持っていたと思いますが、小説家という彼の職業を通して、その大半を昇華させることを成し遂げたからです。バルザックは多数の作品を書きましたが、その全著作は、文学史上で最も壮大な構想である「人間喜劇」を構成する要素となっています。人間喜劇の全作品群は、あらゆる人間像を描き、人間が経験し得るあらゆる感情や情念を描き、健康や病い、貧困や富といった人間の有り様の世俗的局面を描こうとした試みとして有名です。

私は長年に渡ってバルザックを読み込み、研究を重ねてきましたが、実際、フロイトやマルクスから学ぶよりも多くのことを、彼の心理分析と人間の動機の探求から学んだのです。もしパリに行くことがあれば、是非とも、ロダン美術館に行ってバルザック像を探してみて下さい。ロダンは蠍座ですが、牡牛座のこの極めて素晴らしい作家の確固たる力強さとそのパワーをよく捉えています。占星術とアーキタイプに興味がある人には、牡牛座ー蠍座軸上のエネルギーの流れを観て感じとるのにうってつけだと思われます。
参考)ロダンのバルザック像 もろもろ

バルザックは1799年5月20日午前11時、フランスロワール近くの美しい中世都市トゥールに生まれました。彼は51歳でその生涯を終えましたが、それ迄に100近くの小説を書き上げました。バルザックは昼夜問わず、多量のコーヒーを飲みながら小説を書いていました。いつもお金に困っていて、取り立て屋から気づかずこっそり逃げられるように、彼の家には裏口がありました。そんな彼でしたが、この大きな図体の大男が、全てがつながり合った一つの宇宙を創り上げたのです。バルザックは、小説の登場人物たちを別の違った小説にも登場させ、その登場人物たちの発展や失墜、復活や破滅の姿を追っていったのです。読者はあらゆる状況の下で彼らを見ていくことになるわけですが、何よりも重要なのは、バルザックが、登場人物たちのその感情、情動とその交流を、複雑で果てしない網の目状に織り上げたということです。

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Honore de Balzac
20 May 1799
11am
Tours, France


バルザックにとって、資産の分配こそが「人間喜劇」の構想を動かす原動力でした。男か女か、若いのか年寄りなのか、お金が有るのか無いのか、少しは持ってるのか、それとも大金持ちなのか、などなど、登場人物たちの情動こそが、この複雑な神経のようなシステムを循環する燃料となるものなのです。この牡牛座の作家は、人間の最も基本的な本能は安全性の確保であるということを知っていました。そして近代文明はお金とその利己的利用に左右されているので、社会的な規範の中で安全な場所を確保しようとするならば、誰でもお金が必要になります。またそれ故に、どのようにして、安全を求める心が強欲に至り、強欲が嫉妬に、嫉妬が高慢に至るのかを見て取ることができるのです。

貪欲さ、何かへの所有欲、または度を超した何か、というのは、そこに心地良さと楽しさは伴わなくなり、その時それは大罪になります。強欲が度を超せば心地良さがあるはずがなく、特に他の人が何かを持っていたり、自分の持物が盗まれるかもしれないという恐れから、安心できないでいる時に、その人は手に入れることに脅迫的になるか、自分の欲しいものにしがみ付いて放さないかのどちらかになります。全てが不十分だと感じ、願望を満たそうという夢想によって、自分が所有するものはどれも皆、足りないと感じてしまうのです。何かを手に入れることで得る楽しみというのは非常に儚いものです。自分が持っていないと思うと直ちに欲しくなり、自分の財産を奪われるのではないかという恐怖に苛まれながら生きることになるのです。欲張りに平穏な時は無く、人生を発展させる余地がないのです。強欲はセルフ(自己)を見出すためのいかなる可能性をも、無にしてしまうのです。

古代ギリシャやローマ時代から文学の中には、たくさんの守銭奴(欲張り)が登場し、多くの偉大な作家たちがそれを描写して来ましたが、その中でもモリエールの作品は有名です。また、シェイクスピアベニスの商人は良い例で、強欲がどのようにして罪人だけではなく、彼の周りの人々をも破滅させ得るのかをよく示しています。主人公のシャイロックはアントニオの肉体を1ポンド分、借金と引き換えに欲するのです。しかし文学史上、最もぞっとするような酷い守銭奴は、バルザックの小説「ウジェニー・グランデ」の中に登場します。裕福だが偏狭な守銭奴ムッシュ・グランデは、自分の娘ウジェニーのために牢獄のようなものを築きます。バルザックは細かくムッシュ・グランデの習癖を描写し、家族に対する卑劣な金銭的支配の様を描いています。ムッシュ・グランデが死んだ時、ウジェニーはたいそう貧乏な男と恋に落ち、彼の全ての借金を肩代わりするのですが、結局、彼女はその彼に捨てられてしまいます。最後にはウジェニーは孤独な人生を過ごし、自分の父親のような振る舞いをすることになるのです。

「ウジェニー・グランデ」において、バルザックは、強欲な者がどれだけ深くその周りの人々を傷つけるのかを明示しています。強欲な者は何も楽しむことができず、卑屈になり、意識的にせよ無意識的にせよ自分の周りにいる人々が幸せになるのを邪魔しようとします。誰でも守銭奴に会ったなら、その人の生活様式がどんなに陰鬱で、不快なものであるのかが分かるでしょう。彼の小説を通じて、読者は息が詰まるような感覚を経験します。それはいつだって暑過ぎるか寒過ぎるかというように常に極端で、蓄積された財産は重圧となるのです。バルザックの出生図の土(牡牛座の太陽)と火(射手座の月)の組み合わせが、この息苦しい感覚と関係していると言えるでしょう。土は火を消してしまうのです。彼のミッドヘブンの牡牛座と水星は、強欲になる傾向を示していますが、バルザックはこの傾向をそれらの登場人物を書くことで超越し、人間の性質に関する深い心理分析の歴史的な遺産を残すことに、寛容にも自らの人生を捧げたのです。彼のケースはまさに、エネルギーがどのようにして変容し得るのかの良い例でもあります。バルザックは彼の強欲さを抑圧することなく、自ら寛大になるに至ったのです。あるいは別のいい方をすれば、9世紀の社会が囚われていた大罪を描き出すことよって、バルザックは自分が持つ、他の人々の人生に関する貪欲なまでの知識欲を活用したのだ、とも言えましょう。彼は人々をそこから助け出そうとしたのです。(続く)

ウジェニー・グランデ (1953年) (岩波文庫)

バルザック / 岩波書店


参考)「ウジェニー・グランデ」を立ち読みする

原文(英語)はコチラ
大悪徳 1 (1)
大悪徳 1 (2)
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by xavier_astro | 2012-02-02 00:00 | 心理  

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