ハーマン・メルヴィル「白鯨」〜土星にまつわる物語(1)

私が最初に「白鯨(モビー・ディック)」を読んだのは、9才のときでした。それは学校で良い成績を採ったご褒美に母親が買ってくれた、挿絵の入った子供用のものでした。このハーマン・メルヴィルの小説が、どれほど私の人生に深い影響を与えることになるか、この時母は、予想だににしなかったことでしょう。その薄い本は、子供時代の度重なる旅行と引越し中に、無くなってしまったのですが、そのことが残念で仕方ありません。この本の構想の主眼点や、その描写の陰鬱さ、エイハブ船長自身の内なるモンスターに対する恐怖と強迫観念を描き出すことの出来た著者(あるいはゴーストライターだったかもしれません)に対して、称賛する気持ちがますます強くなっているからです。



この小説の中の語り手であるイシュメルの話に引き込まれた時の、心臓の鼓動の高鳴りや、鯨を追って行く時の息を呑むような瞬間、そして乗組員たちの魅惑的な描写を思い出します。そして何よりも、白鯨、モビー・ディックへの個人的な復讐のために、自らの死に向い、乗組員全員の命を犠牲にする覚悟を決めている、エイハブ船長への畏敬の念と同時に嫌悪感を思い出すのです。私はその本に取り憑かれたようになり、老いたエイハブ船長が船のデッキの上で、その鉄の義足を引きずって歩くのに身震いをしました。私はこの捕鯨の描写に、俗に言うイケナイ喜びなるのものを体験して大熱を出しました。人間の魂がこれほど複雑でダークになり得るのだろうか?そう思ったのです。

思春期の終わり頃に、この小説の大人版を読みましたが、その本の内容全体を掴むことは出来ませんでした。新しいテーマに気を取られていたこともありますが、子供版のいきいきしたイメージがまだ恋しかったのと、この時、私はまだ、作者メルヴィルの登場人物に対する心理分析の深さを理解するまでに至ってはいませんでした。人間の恐れや愚かさを描く時、メルヴィルはダークな隠喩表現を用いるのです。それでも私は、この小説をそれぞれの章ごとにずっと読み続けて、特に、この西洋文学史において最も素晴らしいインキピット(物語の冒頭の導入部)である、第1章を何度も何度も繰り返し読みました。この作品以外にも、私が称賛するメルヴィルの傑作には、「ベニト・セレノ」や彼の遺作である「ビリー・バッド」があります。

去年の夏、ようやくにして私は、この小説を再び一章ずつ通して読み、全ての文章をじっくり味わいつつ、全ての段落について熟考していこうと決意しました。モビー・ディックは権威の文学であるだけでなく、メランコリーについての緻密な研究がなされた土星にまつわる文献なのです。第一章の出だしは、ひどく陰鬱でこっけいな話から始まります。「心が、湿っぽく霧雨の多い11月みたいになる時、あるいは、うっかりすると棺桶屋の前で一息ついてることにはたと気づく時...、これはもう、今すぐに海に出るしかないなと思う。」とイシュメルが言うのです。そして、この陰鬱なトーンは最後まで続くのです。

ハーマン・メルヴィルは1819年8月1日23:30、ニューヨークで生まれました。モビー・ディックは1851年に出版されたので、この小説は、メルヴィルのサターン・リターンの時期に書かれたということになります。それは年若い作家が、自分のシャドウや人生の意味と向き合い、折り合いをつけていくという、創造的な取り組みであったといえるでしょう。物語を構成する要素、登場人物、この全てが、生まれ変わるために、内なるモンスターを滅ぼそうとぶつかり合うのです。

筋書きはシンプルで、語り手である若いイシュメルは、捕鯨船「ピークォッド」の乗組員に採用されます。年老いた船長エイハブは、以前の戦いで片足を失くしていて、もう何年も探し続けている巨大な白鯨モビー・ディックを殺すことだけが、彼の人生の唯一の目標なのです。数多くの冒険の末、乗組員たちはその鯨に遭遇し、三日に渡る壮絶な追跡劇の後に、エイハブはモビー・ディックを殺すのですが、船はその鯨に破壊され、難破した船の残骸の中から救出されたイシュメル以外の乗組員は全員死んでしまいます。それにも関わらず、メルヴィルはこの物語を、ある種の形而上的で英雄詩風な、深淵な精神の海の叙事詩的な物語へと変容させたのです。

「白鯨」は、世界で最も素晴らしい小説の内の一つですが、1851年に出版された当時は全くの駄作扱いでした。読者らは退屈だと言い、多くの批評家たちはばかげていて大げさだと批判しました。そうして、この傑作は忘れ去られ、第一次大戦後になってやっと再発見されたのです。獅子座の太陽に射手座の月を持つメルヴィルは、この痛みから二度と立ち直ることはありませんでした。彼は早熟な有名な作家としてその20代前半から開花しましたが、1891年、ニューヨーク港の陰気な税関検査官として、その一生を終えました。彼はつらい思いに浸り、泥酔し、暴力的になり、妻に暴行を働くようになったと言う者もおり、彼の息子の内の一人は自殺をしました。彼は深い悲しみと喪失感とを経験し、また人生を通じて経済的に不安定でした。

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Herman Mervill
1/Aug/1819
23:30
New York


何がこの作品を同時代の人々に駄作だと思わせたのでしょうか?もちろん、この傑作を軽視し70年間も放って置くような歴史的状況が諸々あったと思いますが、もっと深い理由があるに違いありません。この小説が出版された時(1851年10月18日ロンドン)、牡牛座(の初期度数)で土星と天王星がコンジャンクションしており、そこに冥王星が牡羊座の最終度数にあり重なっていました。これは天王星の生み出す変革のエネルギーの凄まじい凝縮を表しています。見方によっては、この組み合わせは産業革命(天王星)と関係しているということができ、牡牛座の土星はビクトリア朝的な偏狭な精神を表し、さらに、牡羊座の冥王星は、集合的な意識が、新しい認識を持つに至れるよう、変容を促します。この時、第一次世界大戦で大量破壊兵器が使用され始めたように、破壊的な戦争が起こるべくして起こったわけですが、それは私たち人類に、私たちに内在するダークサイドについて理解させるためだったのかもしれません。(続く)

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白鯨 出版
1851/10/18
ロンドン


白鯨 上 (岩波文庫)

ハーマン・メルヴィル / 岩波書店


白鯨 中 (岩波文庫)

ハーマン・メルヴィル / 岩波書店


白鯨 下 (岩波文庫 赤 308-3)

ハーマン・メルヴィル / 岩波書店



参考)映画『白鯨』(原題: Moby Dick)1956年製作/アメリカ映画/原作:ハーマン・メルヴィル監督:ジョン・ヒューストン/主演:グレゴリー・ペック

原文(英語)はコチラ
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by xavier_astro | 2011-10-02 00:00 | 文学  

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