ヒュパティア〜狂信者と暴力とに対峙した美と知性(1)

今月も女性自身の地位向上について探究していきたいと思います。ここでは、女性が男性優位社会から自分自身を解放しようと挑戦する時、女性の精神の中で活性化されるアーキタイプについて探究しようと思います。つまり、女性の無意識の中の男性的側面であるアニムスについて掘り下げましょう、ということです。

この探究は、女性が現代の社会における地位を獲得することに向けたものですが、私はまず、歴史上の卓越した女性を選びました。その理由は、その人物の人生を最初から最後まで辿ることが出来るので、成し遂げたことや犯した過ちを真に理解することができるからであり、頑として偏見と戦うことで、その女性が払わなくてはならなかった代償について、知ることができるからです。

私は最近、スペインのチリ人映画監督、アレハンドロ·アメナーバルにとても関心を寄せています。彼は何年か前にニコール・キッドマンが主演したホラー映画「アザーズ」でとても有名になりました。今、最も興味を引かれるのは彼の新しい作品で、古代ローマ末期にエジプトのアレクサンドリアで哲学の教師として生きた女性ヒュパティアの人生を描いたものです。彼女は西暦370年に生まれ、415年にキリスト教徒の狂信者集団によって殺されました。




アメナーバルの選択は大胆なものでした。(1972年3月31日チリのサンティアゴ生まれの牡羊座(IMDbデータより))というのも、ヒュパティアのことを知ってる人など、学者か、古代ギリシャやラテンに興味のある人ぐらいなものだし、その上、ヒュパティアをテーマにするということは、ハリウッド映画が好んで作るペプラムとかサンダル&ソードといったジャンルの、ローマ帝国に関する映画を作ることを自ずと強いられることになるからです。

しかし、ヒュパティアは戦士ではないので、映画プロデューサーが欲しがるような派手な戦いのシーンは作れません。ましてや、美しさと知性という気質の持ち主であるヒロインが、独りで偏見と対峙して闘うといった主題は、金儲け主義のプロデューサーたちが、好むものではありませんでした。

それにも関わらず、火のサインのアメナーバルは、我が道を進みました。制作側は彼の前作である「アザーズ」や「海を飛ぶ夢」(原題Mar adentro)の大きな成功を信じて委ねることとなりました。結果、この「アゴラ」と題された映画は、多くの評論家から、特にアメリカでは評価を得ることができず、大ヒットには程遠いものとなってしまったわけですが、「アゴラ」を認める人々からは素晴らしい功績だと祝福されました。

私の個人的意見としては、彼の作る映画には、主人公は共同体のために自分自身を犠牲にしなくてはならないという、共通の信念があるように思います。それは、世間の風潮に反しても、自分が独自の存在でいるという権利を守ろうとする主人公に対して、多くの人々が偏見を抱いていることから来ます。ヒュパティアの場合は、キリスト教がすべての社会制度のコントロールを握った時に、新しいキリスト教的ルールに誰しも従わなくてはならないといった暗黙のルールがあったのです。

今日、ヒュパティアについては多くは知られていません。偏見持つ者たちとキリスト教狂信者たちによって、彼女の形跡はもみ消され、彼女の書いた多くの天文学や数学、そして哲学にまで至る著作はほとんど残っていません。哲学者でも彼女について語る人は少なく、キリスト教の司教で、彼女の友人であり弟子でもあったシネシオスと交わした手紙が、幾つか残こされているに過ぎないと言われています。しかし、彼女についてほとんど知られていないが故に、彼女は、偏見に対峙する叡智、無知に対する知識、強者の命令に屈しない選択をする個人、そして闇に対する光の象徴的存在となりました。まさに真の叡智の時代、古代ギリシャ、エジプトの秘教の時代の終焉の象徴となり得たのです。

ヒュパティアが生まれ、死した地アレクサンドリアは、ローマ帝国末期の地中海地方において、最も繁栄した大都市でした。アレクサンドリアを受け継いだプトレマイオス朝は、古代ギリシャの人類の理想に準じた教育という偉大なる遺産をも受け継ぎ、地中海最大の図書館を創設しました。それは50万冊以上の蔵書、パピルスを収蔵し(たいていは2つ以上の写本があった)、その蔵書はギリシャ語、ラテン語のみならず、サンスクリット語やエジプト語までありました。

アレキサンドリア大図書館には博物館や学術研究所も併設されており、いわば大学のような機関でしたが、そこでヒュパティアも科学と哲学を教えていました。当時、「ミュージアム」という言葉は、公に展示される物を意味するだけではなく、実際にミューズ(9人の芸術の女神)の場であり、それ故、多くの芸術的活動がミュージアムでは行われており、ヒュパティアの父親のテオンは、そこの校長でした。しかしキリスト教徒であった皇帝テオドシウス1世の許可のもと、キリスト教暴徒の手により、西暦395年、アレクサンドリア大図書館は破壊されてしまいました。こうして人類はその大きな遺産を惜しくも永遠に失うこととなったのです。

そのすぐ後、キリスト教徒ではない異教徒は教鞭を執ることを禁じられました。ヒュパティアは自分の学びや研究を減らされはしましたが、そんな中でも彼女は、支配層の高い地位にいる彼女の美しさと聡明さを慕う数人の男性たちに対する尊意と友情を保っていました。その中にアレキサンドリアの行政長官オレステスもいました。しかし、キリスト教強硬派のキュリロスがアレキサンドリアの総司教へと選出されると、異教徒であると同時に自立した女性であるヒュパティアとその地位を攻撃し始めたのです。

キュリロスの権力と正当な権威者との間には衝突が起こりましたが、司教には皇帝と暴徒とが付いているために、長官オレステスは屈服するしかなく、ヒュパティアを見捨てねばなりませんでした。こうして、ヒュパティアは二人の野心的な男の争いの犠牲者となったのです。ヒュパティアは、狂信者たちによって、キリストの祭壇の前で生きたまま肉を引き剥がされて殺されました。

ヒュパティアのケースから私たちが理解するのは、女性がいったん地位を獲得した後に、特に男性が権威である彼女に対し、攻撃したり従わなかったりする時において、権威主義的で支配的になってしまう傾向がある、ということです。ユング理論によれば、集合的無意識は人類の主だった出来事を全て記録していると言います。そうすると、何千年もの間、男たちの怒りの下で多くの苦難と不正に苦しめられてきた女性たちによって、アニムスは、男たちの自己中心さや理解の無さから生き延びるために、形作られ、プログラムされてきたことでしょう。

だからこそ、女性がその権利や自分の領土だと考えるものを守ろうとする時に、非常に激しく、非合理的に反応することが起こり得るのであって、その例として、晩年のエリザベス一世がそうだったと言えるでしょう。(続く)

原文(英語)はコチラ....
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by xavier_astro | 2010-11-02 00:00 | 人物  

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